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京都嵯峨野・厭離庵の血の散り紅葉が秋の終わりを告げる

by Cosmos

京都の紅葉も終わりの時期が来た。最後は散りもみじ。
散りもみじの名所も多いけれど、ここ嵯峨野の厭離庵(えんりあん)はあまり知られていない、素敵な場所。
血のような散りもみじは、今年も見られるだろうか。

昨年ここを訪ねて、素晴らしかったので、今年も散り紅葉を見にお出かけした。

嵯峨野の一角にこんな小道がある。住宅に挟まれたこの道が厭離庵の入口。看板が立っていないとわからない。
昨年も書いたが、Google Mapでさえこの小道は分からず、厭離庵の裏に案内されて入ることが出来ない。
すさまじい隠れっぷりである。

さて、小道を進み、厭離庵の中に入ってみよう。

厭離庵 時雨亭
厭離庵 時雨亭

おお、真っ赤な散り紅葉が見事。
穏やかな西日が差し込み、晩秋の風情を醸し出している。

散り紅葉をアップで見てみよう。苔の上に真赤なもみじ。
冬が訪れる前の、最後の鮮やかさを見せてくれている。

庭園は一面、真っ赤に染まっている。
血のような赤は鮮やかすぎて、もはや美しいを通り越し、見る人に衝撃を与えるほどだ。合間に見える緑との対比もまた、目がチカチカするよう。
これほどのインパクトは、他の紅葉の名所でもそうそうないだろう。

茶席・時雨亭から庭園を見る。暖かな木漏れ日が気持ちを癒やしてくれる。

ここ厭離庵は、藤原定家が小倉百人一首を編さんした場所と言われている(厭離庵パンフレットより。編さん場所には諸説あり)。
その後、寺は荒廃していたが、明治の終わりに修復されて今に至るとのこと。
世界的な観光地になった嵐山嵯峨野の中にありつつも、ひっそりと佇む小さなお寺である。普段は非公開であり、紅葉の時期のみ特別公開される。

今年も、厭離庵の主である?タヌキが頭にもみじの葉っぱを乗せてくれていた。
人気者で、可愛いとみんな写真を撮っている。

山門は侘び寂びという風情であるが、散り紅葉の鮮やかさを見ていると、もはや侘び寂びの範囲を超える鮮やかさだ。

さあ、いよいよ日が傾いてきた。秋の日暮れはとても早い。
西日が差す庭は格別に美しく、そして儚い。

山門をくぐり、もう一度振り返り、家路につく。
厭離庵の厭離とは、離れるのが嫌という意味。ほんとにそうで、いつまでもこの散り紅葉を見ていたい、この場で心を落ち着けていたいと感じた。

でも、もう日が暮れる。いつもまでもここにいる訳にはいかない。
ちょっと物悲しいが、そろそろ行かなくちゃね、次の季節へ。

PENTAX K-3II with SIGMA 17-70mm F2.8-4


Cosmos
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