LOG IN

京都法然院・特別公開の伽藍を秋に訪ねて貫主のお話を伺う

by Cosmos

京都東山・法然院。銀閣寺から哲学の道沿いに少し下がったところにある。
タイトルバックの写真にある山門がとても有名なお寺。

素敵なお寺らしいけど、伽藍(がらん・お寺の建物)内部は普段は非公開。でも、春と秋にそれぞれ1週間ずつ特別公開が行われる。2017年秋は京都非公開文化財特別公開 の一環として公開された。

わずか1週間なのでハードルが高いけど、これにはぜひ行きたいと思って、11月始めの特別公開を訪ねた。

法然院 山門
法然院 山門

有名な法然院山門。緑に包まれ、木漏れ日がまた美しい。
ここをくぐってお寺に入る。

その山門の前に、「不許葷辛酒肉入山門」とある。
においが強く辛い野菜、酒、肉を食べたり飲んだりした者は山門に入るべからず、という意味らしい。厳しいね。
幸い僕はしばらく何も食べてなかったので、無事に山門をくぐることができた。いや、実際にはチェックなどないので、安心して下さい。

さて、苔むした前庭を見つつ、いよいよ普段は非公開の伽藍(お寺の建物)内へ。

本堂。
本尊阿弥陀如来坐像などが安置されており、手を合わせる。中の撮影はできない。

法然院 方丈庭園
法然院 方丈庭園

方丈庭園。緑が美しい。
池は「心」の形になっていて、真ん中にある端のこちらが現世、向こうがあの世であるという。
池の水は東山から湧き出る名水「善気水」とのこと。この善気水から沸かしたお茶を、休憩所でいただくことができた(無料)。

中庭と茶室。
秋の優しくなった光が茶室に入り込み、気持ちも穏やかになってゆく。

中庭の手水鉢にはたくさんの菊の花が浮かべてあって、秋らしい、お寺らしい華やかさ。

訪ねた日は、法然院の梶田真章住職(貫主)による法話が行われていた。
内容は、仏教とはどのような教えかということを、宗派の違いをもとに説明されていた。

法然上人やその弟子の親鸞聖人の教えは、まず自分が悪人(凡夫)であることを認めることから始まると。凡夫とは、自分で修業を積んで悟りを開くことができず煩悩に束縛される人のことを言うらしいので、まあそれはそうだよね。
そんな人でも南無阿弥陀仏と念仏を唱えればあの世で救われる、苦しい修行などしなくても大丈夫、との教え。

これに対して、あの世じゃなくてこの世で救われることを目指すのが日蓮上人、また座禅を組んで修行をして自分で悟りを開くのが禅宗とのこと。
さらに、法然の教え(浄土宗)は、南無阿弥陀仏と唱えていればあの世へ行くときに救われるということ。一方親鸞(浄土真宗)は、仏様はもう今の時点で自分を救ってくれているのだから、南無阿弥陀仏と唱えてそれに感謝しようとの教えで、そこに両者の違いがあるらしい。

このように、一般向けに分かりやすく説明されていた。
ただ、どの宗派が正しいということはなくて、仏教は好みによっていろんなメニューがあるのです、宗教において自分が絶対に正しいと言い出すと戦争になるのです、とも言われていた。

これらの少し濃い話を1時間にわたって拝聴できた。法話を聴く機会はなかなかないので、とても印象に残った。
ご住職はとても有名な方だが、聴くのに別料金がいるわけでもないし、予約もいらない。聴いている人は十数人で、ご住職を身近に見られる。

お坊さんからお話を聞くと考えされらることがあったり、はっとすることがある。
お話で心が休まったり、救われる人もいるだろう。

ご住職は「いままで坊主は法話をすることをさぼっていた」と言われていた。
いろんなお寺でもっと気軽に法話が聴ける機会が増えればいいのにな、と思う。

法然院 山門
法然院 山門

さて、ゆっくりとお庭を見て、法話も聴いて、かなり長居をしてしまった。そろそろ帰らないと。
もう夕方で、山門は閉まっていた。
西日の木漏れ日にちょっとばかり切なさを感じつつ、ゆっくりと帰路についた。

PENTAX K-3II with SIGMA 17-70mm F2.8-4

追記
本記事は、2016年秋と2017年秋の二回、法然院伽藍特別公開を訪ねた時の記録や写真を合わせて書いたものです。
2016年に訪ね、もう一度行きたいと思ったので、翌年にも訪ねました。


Cosmos
OTHER SNAPS